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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)89号 判決 1983年9月08日

上告人

麻生元嗣

右訴訟代理人

真鍋秀海

被上告人

長谷川喜博

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人真鍋秀海の上告理由について

原審の確定した事実関係のもとにおいては、福岡県監査委員の同県知事に対する本件勧告は、同県東福岡財務事務所間税課職員に対する昭和五四年一〇月分の時間外勤務手当の支給が法令等に基づかない手続によつてされている事実を指摘するにとどめ、右支給分について採るべき措置の選択を同知事にゆだねたものである、とした原審の判断を不当ということはできず、このような勧告も地方自治法二四二条三項にいう勧告に当たり、被上告人が同監査委員より本件勧告に関し同知事の講じた措置についての通知を受けた日から三〇日以内に提起された本件訴えは同法二四二条の二第二項所定の出訴期間を遵守したものである、とした判断も、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はいずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(和田誠一 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人真鍋秀海の上告理由

第一点

原判決は、本件訴は監査委員の勧告を受けた執行機関等の措置に不服がある場合の訴訟に該当するとして、第一審判決を取消した。これは以下に述べるとおり、地方自治法第二四二条第三項の解釈を誤り、ひいては同法第二四二条の二第二項第二号の適用を誤つたものである。

一、原判決は、その理由第二項(二)において、

「……監査委員の勧告も住民が行う監査請求と厳密に対応する必要はなく、監査委員は監査請求の範囲に拘束されることなく、監査理由として主張される事由以外の点も審査して勧告することもできるのみならず、執行機関等は、監査委員の勧告を受けた場合においても、自己の責任と判断に基づいて必要な措置を講ずれば足り、かならずしも監査委員の勧告の内容に拘束されるものではない」と解されるものであるから、「監査委員が法二四二条三項に基づいて行う勧告とは、執行機関等に対して特定の措置を講ずべきことを勧告するものに限られる旨限定的に解するのは……相当ではなく、地方自治体の財務会計に関する違法な状態を指摘するにとどめ、その是正措置の選択を執行機関等に委ねる形式の勧告もまた法二四二条三項にいわゆる勧告に含まれると解するのが相当である」と判示している。

二、右の判示前段は、要するに、監査委員の勧告は執行機関等の講ずべき措置を拘束するものではないから、執行機関等は監査委員の勧告を受けた場合でも、自己の責任と判断に基づいて必要な措置を講ずれば足りるというものであって、監査委員の勧告は、執行機関等に対し、自己の責任と判断に基づく必要な措置をとるよう職権の発動を促すにすぎないものとするものの如くであるが、これは、住民監査、住民訴訟の制度を全く理解しない謬論である。

住民監査は、住民が、先ず地方自治体内部の監査機能によつて、違法又は不当な行財政の運営を是正することを目的とする制度であるが、その実効を担保するのが住民訴訟である。法二四二条の二第二項二号は、勧告を受けた執行機関等の措置に不服がある場合の住民訴訟の提起を定めているが、その講じた措置が監査委員の勧告の内容と全く同一であるときは、右二号請求訴訟の提起は許されない(原判決理由第二項(一))。このことは、監査委員の勧告に拘束力があり、執行機関等はそれを尊重して措置を講ずる義務があるからであつて、それを上廻る措置を講ずるかどうかは、まさしく執行機関等の自己責任と判断に基づく別個の問題であることを意味する。

又、勧告を受けた執行機関等が(当該勧告に示された期間内に)措置を講じない場合も、住民訴訟を提起することができる(四号請求訴訟)が、この場合の措置を講じないとは、勧告にかかる措置を講じないことを意味するものであることは明らかであり、たとえ執行機関等が自己の責任と判断に基づいて勧告と異る何らかの措置を講じたとしても、措置を講じない場合として右四号請求訴訟の対象となること申すまでもないところであつて、これも監査委員の勧告の拘束力(執行機関等がこれを尊重する義務)を前提とするものであることは疑いない。

三、前記原判示の後段は、右の、執行機関等の講ずる措置は監査委員の勧告内容に拘束されない、と誤つた前提から、監査委員の勧告は、執行機関等に対し特定の措置を勧告するものに限らず、単に、違法な状態を指摘するだけでも、その是正措置の選択を執行機関等に委ねる形式のものとして、法二四二条三項にいわゆる勧告に含まれるというのであるが、監査委員の勧告の拘束力の有無と、その勧告にかかる措置内容の特定性の要否とは、本来別個の問題である。

法二四二条三項に基づく監査委員の勧告は、明文上、期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告することである。この勧告に付される期間は、当該勧告を受けた執行機関等を拘束し(同第七項、その期間内に措置を講じないときは住民訴訟が提起される)、かつ、執行機関等の不措置の場合住民の出訴期間を確定する(法二四二条の二第二項四号)という重要な意味をもつものであるから、期間を示さない勧告は、法二四二条三項に基づく勧告ではない。

しかも、この期間は、右のとおり、執行機関等を拘束し、出訴期間をも確定するものである以上、恣意的なものでなく、「必要な措置」を講ずるため要すると思われる合理的な期間でなければならない(勁草書房発行、杉村敏正外編コンメンタール「地方自治法」七〇三頁)。そのような合理的な期間は、「必要な措置」の内容が具体的に特定してはじめて判定できるのであるから、勧告に記される「必要な措置」は、その内容が具体的でなければならない(前掲七〇三頁)。

すなわち、法二四二条三項に基づく勧告は、一定の期間(執行機関等が当該措置を講ずるために要すると思われる合理的期間)を示し、「必要な措置」の内容を具体的に特定したものに限るのである。原判決のいう、単に「違法な状態を指摘するにとどめ」るものは、あたかも、私人間で相手方の非を指摘しただけで、相手方が自分なりの考えでその非を改めるのを期待するというに等しいのであつて、複雑な地方自治体の行政の組織及び運営にかかわり、かつ、監査委員の勧告自体並びに執行機関等の講じた措置自体も、それぞれその適否いかんが住民訴訟の対象になる住民監査制度の趣旨に鑑みれば、原判決の如き解釈は到底認めることはできない。

第二点

原判決は、時間外手当等の支給が法令等に基づかない手続によつて支給されている旨の監査委員の監査結果に基づく単なる事実の指摘をもつて、これに対する何らかの措置の選択を知事に委ねたものと認定した。かかる認定は文理に反し、以下のとおり、明らかに経験則に違反するものである。

一、原判決は、その理由第二項(三)において、本件勧告等の趣旨を、「第一に、東福岡財務所間税課における昭和五四年一〇月分及び同年一一月分の時間外手当等の支給については、これが法令に基づかない手続によつてなされている事実を指摘するにとどめ、これに関してとるべき措置の選択を知事に委ね、第二に、今後の時間外手当等の支給については、法令等に基づく手続によつてなされるよう措置を講ずるよう勧告したもの」と認定し、法二四二条三項の勧告に当るのは、右の第二の点のみに限られる旨の上告人の主張を排斥し、更に、理由第二項(四)において、仮りに右の第一の点が右の勧告に含まれないとしても、本件勧告等(前記監査結果の記載にとどまる部分を含む)は控訴人の主張をほぼ全面的に認めており、知事が本件措置においてこれに全く触れなかつたのは被上告人の期待に反し、実質上本件勧告等を下廻るものであるとして、本件訴を二号請求訴訟とみることができるとした。

二、しかしながら、法二四二条三項にいう勧告とは、住民の監査請求に理由があると認めるとき、監査委員が期間を示して執行機関等に対し必要な措置を勧告することであつて、その名宛人は執行機関等であるから、勧告にかかる必要な措置を講ずる義務を負うべき執行機関等に対し、その義務内容(講ずべき措置内容)が明確に示されてなければならない。これは、住民訴訟によつてその実効を担保される住民監査制度の運用上当然要求されるところであつて、監査委員が勧告したのかどうか、いかなる勧告をしたのかが明確でなければ、監査請求人は、監査委員の勧告に不服がある場合の一号請求訴訟によるか、執行機関等の措置に不服がある場合の二号請求訴訟によるかの判断に迷うことになるからである。

三、本件勧告等「乙一七号証二枚目裏の「監査結果に基づく勧告について」と題する書面)は、その前段において、「……監査を実施した結果、……従来から潜在的な実績を含め間税課の運用により支給されていることを認めた」旨監査の結果を記載し、つづいてその後段において、「しかし、今後は法令等に基づく手続により支給するよう措置を講じられたく、法第二四二条第三項の規定により勧告する旨の勧告」内容が記載されていて、前段の監査結果の記載は、後段の勧告(将来の是正)の必要なるゆえんとして述べられたものであることが一見明白である。

勧告は、先ず名宛人たる執行機関等において勧告があつたものと認識できるものでなければならないから、勧告の有無は勧告文書の記載によつてのみ判断すべきものであるが、たとえ原判決のいうように、「本件監査請求の対象、監査の経緯及び結果、監査結果に基づく本件勧告等の内容並びに控訴人に対する通知の形式など」を勘案してみても、右の監査結果の記載(潜在的な実績を含め間税課の運用により支給されていることの指摘)から、ただちに、これに関してとるべき措置の選択を知事に委ねたものとの趣意を読みとることは到底できないところであつて、原判決の如き認定は経験則上許されないものである。

仮りに、何らか右のような趣意を読みとるとしても、そいぜい、然るべき措置という程度であつて、法二四二条三項にいう「必要な措置」の勧告と見ることはできない。

四、なお本件勧告等に示された「昭和五五年四月末日まで」との期間は、「当該措払」すなわち、「今後は法令等に基づく手続きにより支給するよう措置」を講ずべき旨の勧告に付せられたものであるから、たとえ原判決のように何らかの措置の勧告を読みとるとして、それには期間が示されていないことになるから、法二四二条三項に基づく勧告ではない。

五、更に原判決は、本件勧告等は監査請求人たる被上告人の主張をほぼ全面的に認めているのであるから、被上告人が知事に何らかの措置を期待したのは無理からぬところで、知事の措置は実質的に本件勧告等を下廻わるものという。被上告人の右期待は、本件勧告等の文意上当然に認められる期待ではない。本件勧告等の前段の監査結果の記載は、「潜在的な実績を含め間税課の運用により支給されていることを認めた」というものであつて、本訴第一審判決は、これを、「過去における本件時間外手当等の支給が不適切であつたとは認め」たものと説示し(一審判決理由第一項2)、原判決も「法令等に基づかない手続によつてなされている事実を指摘」したものと説示し、ともに、過去の支給分につき、監査委員がこれを違法な支出と認めたものとまでは認定していない。

現に、被上告人は、当初本件勧告等も知事の措置通知も、違法支出金の福岡県への返却については、何らふれていないので本訴請求に及んだ旨述べて(第一審判決事実摘示二(主張)第一項(請求原因)の2の(四)、ただしこの点は原判決の事実摘示では訂正変更されている)、監査委員の勧告が、本件監査請求にかかる本件時間外手当の過去の支給分の返却を求める部分につき触れていないこと、すなはち、右返却をすべき旨の勧告をしていないことにも不服があつて本訴に及んだものであることが認められるのであつて(第一審判決理由第一項の1)、本件勧告等により、過去の支給分につき、知事に返却その他何らかの措置を期待していたものとは到底認められない。

よつて、被上告人のまぼろしの「期待」を理由に、知事の措置は実質的に勧告を下廻るものであるから、本件訴訟は二号請求訴訟に当ると考えるのは失当である。

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